2006年07月24日

沖縄便り・そしてこれから

またまた、大きくブランクがあっての登場です。
義父の死、そして、20年近くお世話になった大沢事務所の大沢さんの突然の訃報、この夏、富山オーバ-ドホール、そして秋、10月6日の東京オーチャードホール、22日の兵庫市民芸術劇場における沖縄の太鼓集団、ZAMPA20周年記念公演の舞台監督が入院、緊急手術。落ち込んでテレビをつけると、NHKスペシャルをやっていた。「働けど働けど我が暮らし楽にならず」が、今の世も変らないんだなあ、と実感。景気が良くなったと言われ、確かに、東京の繁華街は恐ろしいような人の波。でも、本当にそうなのだろうか、と懐疑的だった。東京近辺に家があれば、貧しくてもなんとかやっていけるかもしれないが、アルバイトや、派遣の給料では家賃が払えない。で、親元の援助がなければ、ホームレスに。そうなると就職もできない。必死に働いて月10万円というホームレスの34歳の男性。1月から、3月で1万円しか仕事がなかったという74歳のテーラー。妻に先立たれ、リストラされ、2人の子を育てながら昼夜働いて200万円代しか稼げない50歳の男性。切ない気持ちに拍車がかかって、眠れない。で、ブログを書くことに。1か月を振り返ると、6月10日は国立劇場おきなわにおいての藤木勇人のうちな〜噺家として名乗りをあげた公演。立川志の輔師匠、平良進、トミご夫妻、宮本亜門というそうそうたる後見人に挟まれて、藤木は冷や汗状態。でもその体験があってこそ、7月5日からの下北沢駅前劇場「南島妄想見聞録」は、同じ演目が生き返ったような出来だった。また、6月25日、宜野湾野外ステージでのBEGIN「うたの日コンサート」の司会はきゃんひとみ。16時から20時までのステージを盛り上げて、比嘉栄昇さんから、「ネエネエ、一生、一緒にやって」と言われて、感涙。来年も、「うたの日コンサート」の司会をやらせてもらうことに。1年間、赤字を抱えながらの沖縄での月1ライブは、いろんな意味で、きゃんを大きくさせた。努力は必ず実る。そんな思いにさせてくれた。7月21日に藤井千夏がボーカルで参加する「COMING SOON」の3回目のライブが六本木であった。これもだんだんよくなっている。4回目は9月2日渋谷のCLUB ASIA Pで19時から。岡本易代は昨年に続いて「ピーターパン」に出演。ダンスや動きもよくなり、チームワークも抜群。そして、酒向芳は15日から演劇祭に出演のため、フランスのアヴィニョンに。芝居が終わったあとも、放浪、戻りは8月15日。
 いろいろあったなあ。これからもいろいろある。人生は1度、そして、命は限りがある。毎日を、精一杯、自分らしく生きるのみ。あっ、良いことが一つ、映画「ヘレンケラーを知ってますか」が文部省特選に。少しは公開しやすくなったのでは、と、ほっ!今、沖縄で公開中。沖縄映画センターに問い合わせてください。「嫌われ松子の一生」「三池」が私の今年のベスト。「三池」は昨日から1週間、東中野のポレポレ座で。それから、「埋もれ木」がDVD発売になります。すこーし、元気になってきました。おやすみなさい!


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2006年06月09日

長い長いご無沙汰でした 長い長いご無沙汰でした

自分って結構、精神的にも肉体的にもタフだなあ、と自覚できた2か月でした。お陰で、元気です。今日はこれから、沖縄に。藤木勇人の「うちな〜噺家」として、名乗りをあげる公演が明日10日に沖縄国立劇場であります。後見人は立川志の輔師匠、ゲストは平良とみ、進夫妻、宮本亜門さん。(チケットは完売です。すみません)江戸落語、上方落語があるように沖縄にも落語があってもいいではないか、と、いうスタンス。一人芝居を始めて13年。これから、ずうっと精進していこうと、の出発の時です。皆様応援のほどを!同じく10日、朝9時30分からNHK総合で、「課外授業ようこそ先輩」に藤木が出演します。どうぞごらんください。
そして、残波大獅子太鼓20周年記念公演、栗山民也演出「戦争と平和」10月6日の東京、オーチャードホール、10月22日兵庫県立芸術文化センターの準備で駆け回る日々。つくづく私は回りの人々に恵まれているな、と実感と感謝。あっ、羽田行きのバスの時間が来ました。12日に戻ります。筆無精を反省して、沖縄での様子をご報告します。では!
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2006年03月26日

えっ!3月も終わり!

「受験、だめだったの?それとも、体の具合でも悪いの?」とメールを頂いてしまった。そうか、ブログを書かないと、もしかして、死んでしまったのか、とか、心配される年齢になったんだ。「はい、生きてました。娘も希望通り、ICU高校に受かりました」で、なぜ、2か月もブログを書かなかったかというと、1度、2月に書いた大作(?)ブログが、操作ミスか、消えてしまって、意気消沈。そのショックに、書くエネルギーが負けて・・・。どうやら、私は、この時期、エネルギーが枯渇して、うつ気味になるらしい。そこに、田舎の両親(夫の)の介護問題・・・。マネージャー業を第一に、となると、ブログ、読書、映画を切り捨てざるを得ない。でも、春です。少しずつ、エネルギーが戻ってきています。エネルギーが戻ってくると、怒りも湧いてくる。娘の卒業式で卒業生全員の合唱2曲、素晴らしかった。でも、在校生、父母達にお尻を向けたまま歌うのはなぜ?何に向かって歌ってるの?それを変だと思わない感覚って何?怒ってる、怒ってる。はい、元気になったみたいです。これからは、もっとまめに!昨夜、藤井千夏(朝日新聞のCFナレーションは千夏です!)がナレーションをしている、「ドーデカス」の打上げがあった。みんな、ほんとに若い。みんな、ほんとに気持ちいい。でも、会話の3分の1くらいわからん。ビンゴの商品のほとんどがわからん。困ったな。でも、エネルギーが戻ってきてるんだから・・・。なんとか・・・。あっ、4月18日に久しぶりに沖縄に行きます。久しぶりに「琉球歌人三姉妹」のライブをやります。4月20日、夜7時、那覇市久茂地のパライソです。

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2006年01月24日

なんだか気分が悪い

 いよいよ映画『ヘレンケラーを知っていますか』がこの25日から下関でクランクイン。その準備に追われていて、今やっとホッとして、娘の受験に目をやると、何と出願日!あわてて書類を集めて何とか提出。あとは本人の頑張りだけ。受かったら娘の力。落ちたら母の力のなさ(時間のなさ)。落ちても受かっても、どちらの人生がおもしろいかはわからないもの。昔読んだ有島武郎の本にそんなのがあったっけ、愛を得た者も失った者も、それぞれ失ったもの、得たものがある、と。
 この2、3日、なんだか気分が悪い。ライブドアの会社の有り様はよくわからないし、私達の生活とはあまりにかけ離れた金銭感覚をよくは思ってはいなかったが、それでも、あの叩きようには、気分が悪い。そんなに叩かれなくてはならないことなの?姉歯設計士や小嶋社長たちがまだ逮捕されてないのに、ライブドアのほりえもんたちはもう逮捕されちゃうの?だって、もし震度5の地震が起きていたら、どれぐらいの人が死んでいたか。「地震が起きたときに発覚するまで黙ってよう」なんて言っちゃう人がまだ逮捕されてないなんて。大体、1回目と2回目の証人喚問の小嶋の変わりようには笑ってしまった。ああ、最近政治家にもスタイリストやヘアーメイク、演出家までがついていると、聞いたことがあるけど、絶対この人にもついている!「見た目が9割ですからね、せっかくの全国放送です。前回のヤクザ風を、ちょっと気弱で誠実そうなインテリ風に変えましょう」で、髪、眉、メガネ、スーツを変えて、手には小道具の数珠を持って、隣にプロンプターまでつけて。でも、肝心の演技がね。なんて、バカなこと言っていても、気分が晴れない。
 それにしても、何も沖縄まで来て、カプセルホテルで死ぬことはないじゃない!沖縄で、ZAMPAの太鼓を聞くとか、藤木勇人の芝居を観ればよかったのに。それができないなら、せめてきれいな海とか!きれいな海といえば、名護はどうなっちゃうの?なんだか気分が悪い。
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新年のご挨拶をブログでも

 賀状作りが遅れて、おまけに名刺、住所録の整理が出来ず、失礼している方が多いようですので、ブログにも、そのまま・・・。
 年末年始めまぐるしく過ぎゆき、3日になっての賀状作りです。
暮れに、ブレヒト作、栗山民也演出、大竹しのぶ主演「母肝っ玉と子供たち」を観ました。息子2人と娘を持つ母が、子供達を育て、自分が生きるために、戦場に幌馬車を引いて商売をしていく話です。結局、ラストは子供たち3人とも戦場で死なせてしまいます。今戦争が起きたら、我が身を呈して子供たちを守ると、断言します。でも、話は見えています。いくら子供の盾になっても、憲法が戦争することを認めていれば、3人の子は、お国のためにの名の元に渡さざるを得ないのです。戦争が格好いいなんて嘘です。私の叔母と幼い従兄弟達は、国策で作られた夢を信じた父親に連れられて満州に渡り、叔母は死に、従兄弟達は行方不明です。地上戦となった沖縄では、4人に1人が死に、今もそのトラウマに悩まされている人もいます。人間が爆弾でバラバラになり、傷ついた人々の身体には蛆が湧き、それに身悶えしながら死んでいく。そのリアルさを少しでも自分の身に感じられたら、それでも戦争をしたいと思うでしょうか?戦争体験者の母が言います。「たとえ生活が苦しくなっても、戦争は2度といや」と。いろいろ考えましたが、私の年頭のご挨拶は、「非戦」です。そうであってこそ、未来があると思うから。
 今年も家族全員、健康で迎えられたことに感謝。
欠陥はいろいろありますが、よろしくお付き合いの程、お願い致します。
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2006年01月01日

新年のご挨拶

 あっという間に2006年となりました。いつものように家族8人で貧しくも愛に溢れた年越しを過ごしました。昨年は娘の夏蓮がカンヌ映画祭に参加、英雄が大佛次郎賞受賞、私はZAMPAの沖縄公演を無事に終える、そして、長男の結婚が決まり、家族みんな健康という幸せ。事務所の岡本易代が全国映画テレビプロデューサー協会優秀賞。2006年は1月に拙作「ヘレンケラーを知ってますか」の撮影が始まります。2月は夏蓮の高校入試、そして長男の結婚。忙しくなりますが、何が起きても楽しんで生きていきます。
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2005年12月29日

ZAMPA栗山民也演出「戦争と平和」沖縄公演

 12月23日、沖縄コンベンション劇場で、昼夜2回公演。「沖縄で、そんな無謀なことやる人いないよ」と言われ、当日、栗山さんに、「お昼は舞台稽古のつもりで」なんて言ってたのが、開演1時間前から、客が並び始め、開場間際には、長蛇の列。栗山さんも、「どうなってるの?」と吃驚。お陰様で昼夜ともにお客さんが入ってくださって、公演も大盛り上がり。私は2階席で感涙。ZAMPAはこれから、の思いを強くしました。千里ちゃんも史乃ちゃんもすごいなあ。勿論、達志君もメンバー達もすごいんだけど。そして、栗山さん、照明の勝柴さんチーム、美術の堀尾さん、舞台監督の吉利さん、音響の犬養さん、沖縄舞台の方々、本番も自費で飛んできてくれた、デザイナーの丹羽さん、カメラマンのまりちゃん、そして、何より、チケットを売るために、選挙運動並みに沖縄を走り回った武常さん、恵子さん、美樹さん、元さんたち、幸男さん、弘美さん。衣装とヘヤーメイクの祐子ちゃん、衣装とポーポーとゴーヤジュースの勝子さん。忘れては行けないのが、実行委員長の琉球朝日放送の仲里さん。そして、そして、色んな方々の応援のお陰で、沖縄公演が、成功することができました。本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。この公演を見るために全国から集まって下さった、雑誌「いきいき」の読者の方々、「もう、最高!」と全員が言って下さったのがうれしかった。わざわざ、家族や友達と沖縄にきてくれた、私の友達たちに感謝!来年8月4日の富山オーバードホール、10月6日の東京オーチャードホール、10月9日の大阪フェスティバルホールなどの公演も楽しみになってきました。24日から、「いきいきツアー」の案内人として、芭蕉布の平良敏子さん、読谷村の知花昌一さんのお話を伺ったり、美ら海水族館、アルベルト城間のライブ、そして、久高島に渡るなどハードな日々を過ごして26日夜帰宅。ふう!でも、ツアーのメンバーも私の我が儘に賛同してくれる人たちばかりで、本当に楽しかった!27日は藤木勇人が上京、「遠くへ行きたい」のナレーション録り、そして紀伊國屋ホールで、永六輔さん、矢崎泰久さんのイベントに出演。28日は朝から映画「ヘレンケラーを知っていますか」の打合せ。年賀状も大掃除も、お節作りも後回し。娘の受験も!24日には無事にサンタさんがきたというので、こちらもほっ!あっ、そうそう、私が沖縄に行っていた22日に、リービ英雄が、9・11を描いた「千々にくだけて」で大佛次郎賞を受賞。25日に酒向芳の出演する、「ソウル市民」が楽を迎えました。今年も余すところ3日となりました。最後まで、精一杯、使い切ります。
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2005年12月03日

もう師走! もう師走!

 なんとなく、ブログを書こうという気持ちになれなかった。12月23日の沖縄コンベンションホールにおけるZAMPA(残波大獅子太鼓)20周年記念公演は、栗山さんのお陰で、そしてZAMPAのみんなの頑張りで、組曲「戦争と平和」はすごい出来になっている。でも、お客様は入るだろうか、お金は大丈夫だろうか、心配はつきない。さすがの私も、眠りが浅い。おまけに、自分が書いた脚本「ヘレンケラーを知っていますか」が1月にインすることになった。そして、2月には娘の高校受験、息子の結婚と、人生における重要事が続く。その間に役者の仕事などを探さなければならない。ぼやっとしている私はもう大変。つくづく、自分はプロデューサー向きじゃないな、と思う。あっ、そんなことを言ってる場合ではありません。乗りかかった船です。来年10月6日のオーチャードホールと9日の大阪フェスティバルホールが終わるまではがんばらなくっちゃ。横を見ると76になる母が、涼しい顔をして300枚以上の年賀状を書き上げ、「さあて、麻雀ゲームやろう」と、プレステ2に向かう。週に4回くらい絵手紙を教えに行って、月に2,3回は社交ダンスをやり、そのあげくに、これである。母を見ていると、勇気が湧いてくる。絵手紙を始めたのは60歳から。それまで、孫に「わんわん描いて」と言われてもなにも描けなかったのに。ブログを読んで下さってる方が万が一いらしたら、12月23日、沖縄にZAMPAの公演を聴きにいらして下さい。元気になること請け合いです。
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2005年10月25日

たった今沖縄から戻りました!

 10月2度目の沖縄。1度目はきゃんひとみさんの97歳になるおばあの「かじまやー」のお祝いを雑誌「いきいき」の取材で。そして2度目は「ZAMPA」の20周年記念公演の稽古に演出の栗山民也さんに同行。「かじまやー」とは沖縄では風車という意味。97歳になると風車で遊ぶほど童心に還る、つまり仏心に近づいたことを祝う、ということらしい。会を見ながら、つくづく思ったのは、いくら97歳まで生きても家族に愛され、お祝いが出来るだけの力のある家族がいなければ「かじまやー」祝いはできないということ。孫娘の名司会と家族の結束で、本当に心温まる会でした。「おばあ、ひとこと」ときゃんさんに振られて、「すみませんでした」。謙虚に生きてきたおばあの人生が見えるようでした。
 そして、2度目は「ZAMPA」の稽古。これも、感動ものでした。太鼓の組曲「戦争と平和」、今まで数々の演出をしてきた栗山さんが、通し稽古を見た途端、吐息とともに、「凄いねえ」。うれしい!プロデューサーの私としては、こんなにうれしいことはありません。作品がいいのだから、それを、多くの人に知って貰って、まずは12月23日の沖縄コンベンションホールをいっぱいにすることがこれからの私の仕事。楽しみます。
 今日、25日、夕方、半蔵門のFM東京ホールで、南果歩さん、夏蓮、小栗監督のトークショーと映画「伽倻子のために」と「埋もれ木」の上演があります。高校受験を間近に控えているのに、28日の文化祭のために、2週間前から、そちらの準備に没頭。「お母さん、文化祭がすんだら、勉強するから、何も言わないでね」と牽制されて、母は何も言うすべもない。トークショーには行ってみましょう。




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2005年09月13日

チルダイ

9月11日は沖縄にいた。8日に不在者投票をすましていた。夜遅くまで仕事をして、首里の高台にある弘美ちゃんのマンションで、朝を迎えた。テレビをつけたら、日本が変わっていた。NYの9.11のショックに匹敵するほどのショックだった。空港で沖縄タイムスと琉球新報を買って、東京に向かった。沖縄はまだ良かった。私の住む神奈川は最悪。もう、新聞を開く気も、テレビを見る気もなくなった。どうしてしまったの?どこの政党がいい、なんて言わない。でもせめて、反対意見が言える国でなければ。ほかの用で、沖縄タイムスの友人に電話、「何か、気力がなくなって」と言うと、「沖縄ではチルダイって言葉があるけど、ほんとチルダイ」「そう、やっぱり!」同じ気持ちの人がいることで、ホッとした。他の友人と話すと、「自分が少数派だったんだって、あらためて思ったよ」ああ、ここにも少数派がいる。これから怖いのは、少数派が、孤立感を持って、多数派にすり寄ること。えっ、もう始まった?でも思う。多数決では、負けたかもしれないけど、数だけで言えば3分の1くらいの人は少数派なのでは。少数派と思っている同志たち、踏ん張ろうよ。万葉の時代から、人間の心は変わってない。古いなんて言わせない。
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2005年08月15日

ご無沙汰でした。

 エミール・クストリッツァ監督の映画『Life is a miracle』をやっと観ることができた。恐るべきテンションが始めっから最後まで続くのに、えらく繊細。失恋して涙を流し自殺しようとするロバを始め、全ての登場人物(動物)がユニークなのに、リアリティがある。そして戦争のばかばかしさと、人間賛歌、もうわくわくしどうしだった。わくわく、と言えば、7月18日から26日までの沖縄滞在もわくわくだった。まずは19日から23日までの、北谷ニライセンターにおける、第2回栗山民也演劇教室。16人の、プロの役者、琉球舞踊の若手NO1、マジシャン、主婦、新聞記者、学生たちが、栗山さんの用意したテキストから、7つの芝居に挑戦した。密度の濃い5日間。最終日の発表会は北谷側の担当者に、「来年は観客を入れてやりましょう」と言わしめるおもしろさ。そして、24日から26日はやはり栗山民也演出による残波大獅子太鼓20周年公演の顔合わせ、並びに稽古開始。メンバーに自由に叩かせたあと、栗山さんが出した宿題は、『戦争と平和』。今までの残波が避けてきたテーマである。「過去に盲目の者は今にも盲目である」とドイツの元首相(だったか?)の言葉があるが、今、若者こそが過去を検証し未来につなげる役割を担うべきではないだろうか。何より自分たちのために。「今まで口を閉ざしていた、おじい、おばあが、あの沖縄戦の話をやっとしてくれた。どんな思いで今まで黙っていたのか、どんな思いで話そうと決心したのか、考えたい」と残波のあるメンバーは言った。今月の30日にまた稽古のために沖縄に行く。どんな曲ができているか、楽しみである。
 今年防衛大学に入った次男の幼友達が遊びにきた。小さい頃から優しくて、どちらかというと、ひ弱なタイプだった彼が、がっちりとして見えた。災害救助をしている自衛隊員の姿を見て、純粋に人のためになりたい、と選んだと言う。「でも母は未だに反対してます」と苦笑い。「おばちゃんだって」と声を大にする。「クラスメートにも戦争が好きな人なんていません。それに今は、どうやったら、戦争を回避できるか、ということを学んでいます」「そうね、おばちゃんは、どんなことをしても戦争反対って叫ぶわ。何よりあなたが戦争に行かなくてもすむように」今日は敗戦記念日。
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2005年06月19日

忙中閑なし・・・

 1年間続けた琉球歌人三姉妹の月1ライブが5月26日に終わって、こちらはちょっと一休み。ラストは藤木勇人さんとBEGINの上地等さんが遊びに来てくれて、心温かなライブとなった。そして、6月2日から5日まで、下北沢駅前劇場での藤木勇人の一人芝居「南島妄想見聞録」。関係者がいうのも何だけど、おもしろかった。藤木勇人は天才かも。また、酒向芳が出演する新国立劇場での「箱根強羅ホテル」が、8日に楽日。新聞批評で「酒向芳が好演」と書かれた。あるところで、「プリウスのCMの声、千夏きゃんでしょ、いいね」と言われた。きゃんひとみ、藤木勇人、酒向芳、そして藤井千夏、そのほかのみんな、それぞれの分野での仕事ぶりを見ていて、誇れるのが嬉しい。マネージャーとしては、私も頑張らなくちゃあ、という気になる。
 小栗康平監督の新作「埋もれ木」が6月25日から、渋谷のシネマライズでいよいよ公開となる。
不思議な映画である。筋を追ったりしないで、ふわっとした気持で見るのがお勧め。
 7月19日から、23日まで、沖縄で第2回栗山民也演劇教室を企画。そして栗山さん演出の「残波大獅子太鼓20周年」公演の稽古も始まる。栗山さんの沖縄への思いと、回りの人々に支えられてての実現。こちらも頑張らなくちゃあ。
 話は変わるが、今、おもしろいと思っている雑誌に、「ビッグイシュー」がある。ホームレスの人たちが街角で売ってるのだが、6月1日号の特集、「若者は没落するか」には心が痛んだ。一番元気でいてくれなければならない20代、30代がストレスを抱え、うつ病や、自殺が増えている、という。自分の若い頃のことを思う。学生結婚し、子供を抱え、笑っちゃうほど貧乏だったし、時々、自分の夢だった「書く」こともまともに出来ない自分に悶々とした日々。30歳を前に家族3人でアメリカ貧乏旅行をした。極寒のNYで映画を見たり、芝居を見たり。シカゴから横断鉄道に乗ってロスへ。1か月して帰って来たときには、お米を買うお金もなかった。旅行中に会った、女性演劇プロデューサーや、舞踏家、アーティストたち。みんなに聞かれたことは、過去に何をしていたかでなく、何をしたいか、だった。それまで何の実績もなかった私が、友人(いろいろあって会わなくなって20年近くたつが、感謝している)に誘われて演劇の世界に入る勇気を持てたのは、あのアメリカ旅行のお陰。今、アメリカがいいかどうかは分からない。でも、一歩、行動に出ることでしか、なかなか自分は変われない。我が家の76歳の母も去年、一人でピースボートに乗って世界一周してきた。その感想は、「日本人が贅沢をしていることが恥ずかしい」だった。

 

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2005年05月15日

沖縄・大阪・東京・そして・・・カンヌ

 4月23日にアルベルト城間さんの経営する那覇のライブハウス、パライソで琉球歌人三姉妹の月1ライブをやった。ゲストは、きゃんの友人の石塚英彦さん。子供から大人まで、満員の観客席は大賑わい。きゃんと石塚さんのトークは、トークというよりは、コント。石塚さんが一言発するたびに客席は大爆笑。さすがのきゃんも、話を聞き出すいつものパターンを捨て、芸達者の石塚さんの相方となっていた。
 26日はリービ英雄のNHK教育「日本語なるほど塾」の3回、4回の収録。最近のリービの著作のなかで、私が一番おもしろいと思った、9.11を描いた小説「千々にくだけて」の話から、日本語とは、日本語でなにができるか、の話まで。そして、母語以外の言語で描く、文学の越境者の話など、ひとつひとつが、胸に落ちる。5月の毎週木曜日夜10:25から10:50まで、放送中なので、是非ご覧ください!
 大阪には、今年12月23日沖縄コンベンションホール、来年10月6日に東京オーチャードホールでやる、栗山民也演出の残波大獅子太鼓20周年記念公演の準備のために出かけた。沖縄読谷村から生まれた太鼓集団、残波大獅子太鼓とは17年前からのつきあい。栗山マジックで、残波が、どう生まれ変わるか、スタッフの一人としても楽しみは大きい。
 その栗山さんは、5月19日からの新国立劇場中劇場公演、井上ひさし作「箱根強羅ホテル」を演出中。いつものようにゆっくり出来てくる脚本にアニマ所属の酒向芳も、芝居に歌に、汗をかいている。稽古場を覗いたけれど、おもしろかった。
 酒向芳といえば、出演した映画、小栗康平作品「埋もれ木」が、カンヌ映画祭監督週間で13日夜、上映された。ブラボーという声と長いスタンデイングオベーションに監督と一緒にカンヌに入っていた主演の夏蓮は、控え室に入った途端、泣いてしまったらしい。まだ中学3年生。これからどう育っていくかわからないが、一生忘れられない体験だったのではと、思う。
 6月2日から,5日まで、下北沢駅前劇場で、藤木勇人の一人芝居「南島妄想見聞録」の公演がある。今年は戦後60年。沖縄を舞台にした脚本を、今、出筆中。沖縄を知るには、必見!
 琉球歌人三姉妹の月1ライブは、5月26日、パライソで。なんと、1周年!「沖縄で月1ライブなんかやる人いないよ」と、新良幸人さんにも呆れられたくらい。ホント、よくやってきたなー、と、自分たちを褒めたいくらい。今回のゲストは、?。藤木勇人も駆けつけてくれそう。お楽しみに。
 この日記(月記)は、もっと心のつぶやきにしたかったのだけど・・・。大阪心斎橋でのセンチメンタルジャーニーとか。せめて、週に1回は書かないと、業務連絡みたいになってしまう。反省。
 これは、フジテレビへのリクエストだが、藤井千夏もナレーションをした、ノンフィックス、シリーズ「憲法」を、再放送してくれないかなー。
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2005年04月20日

母のいる場所・私のいる場所

自分事ですが、脚本を書いた槙坪多鶴子監督作品「母のいる場所」が22日まで岩波ホールでやっています。先日、娘と久しぶりに観て、自分でも涙したり、笑ったり。「年をとるのもいいなって思った」と中3の娘。私たちの若い頃は、日本はまだ貧しかった。でも、夢や希望はいっぱい持てた。今の子供達は可哀想だな、と思っていた。子供達に夢や希望を持って貰いたい。そんな役割を果たすのが私たち大人。少しは役にたてたかな。映画といえば、「アメリ」の監督、ジャン=ピエール・ジュネの「ロング・エンゲージメント」をやはり娘と観た。娘が「アメリ」の大フアンで、「私フランスに行ってアメリになるの」などと言ってたので、今回も楽しみにしていたのだ。最高でした。終わってもしばらく席から立てないくらい。オドレイ・トトゥはアメリとまた違った大人の雰囲気。その不思議な存在感がいい。ファンタジーにもかかわらず、肌にしみこむようにリアル。こんな良質な反戦映画、若い人に是非観て貰いたい。と思って、エレベーターに乗ったら、若いカップルが、「なんか、よくわかんなかったね」。「ええっ、なぜ?」「エステだ、ファッションだ、なんていってるときじゃあないよ。世界がどうなっているのか、ちょっとは考えてよね」おばさんは、そう言いそうになった。でも、映画は当たらなかったらしい。すぐに打ち切りになった。大劇場でやらないで、単館で長くやればよかったのに。でも、世の中、いつの間にか、昭和14年頃に戻ってしまった様。18日の夜、NHKを退職してNPOアジア戦災孤児救済センターに入った若い友人の「励ます(励まされる)会」に参加。「アフガン戦争は終結した、と思われているが、とんでもない。肉親をなくした子供たちがどんな精神状態でいるか」取材で訪れているうちに、ほおっておけなくなった彼。今、私に何ができるのだろう。

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2005年04月07日

またまたのご無沙汰でした

あれから、2度、沖縄に行きました。1度目は3月17日の琉球歌人三姉妹月1ライブvol10で。ゲストは川崎麻世さん。2度目は、7月19日からの栗山民也演劇教室と、残波大獅子太鼓の2004年12月23日沖縄公演の打合せ、そして、5月の月1ライブのゲスト選びなどなど。のんびりする暇もなかった。今回、泊りは、毎週金曜日、「OLEっち」のサポートをしてくれている弘美ちゃんの家、首里のホテルグランドキャッスルの真ん前にあるマンションだった。居間のガラス一面に那覇市内と東シナ海が見渡せる絶景の場所だ。弘美ちゃんは、1年前、レコード会社を辞めて沖縄に移住。「東京から、移住したっていうと、仕事に失敗したとか、失恋したとか、男の人を追いかけてきたとか思われちゃうんですが、なーんにもなくて」と笑う。彼女の気配りの仕方をみていると、東京でバリバリ仕事していたことが想像できる。「半年、ぼんやり過ごして、今までやったことがなかった仕事をやろうと」選んだのは、沖縄料理店の厨房。「ほんとはホールがやりたかったんだけど」悩みは時給が安いこと。県民所得が全国最下位、労働時間の長さは全国1位。失業率も全国1位。それなのに、毎年移住者の数は鰻登り。「弘美ちゃん、ほんとのところ、沖縄は、どうなのよ?」と、聞くと、返ってくるのは「いいですよ」と笑顔。人の事は言ってられない。私だって、沖縄に来るたび、赤字は増えるばかり。いったい何だろう、と思う。何だろう、何だろう、と思いながら、17年だもの。沖縄が不可解というよりも、私自身が不可解なのだ。弘美ちゃんが大家さんに貰ったという、椅子に膝を抱えて座り、オリオンビールを飲み干す。ガラスの向こうは夜のしじま。遠くのモノレールの灯りが、いやにゆっくりと線を描いていく。
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2005年03月15日

光陰矢のごとし

倒れたあと、すっかりご無沙汰してしまったアニマティックデイズ。また倒れたの、と心配のメールを頂いてしまったり。すみません、月日の経つのが早くって。何もしてなかったわけではないのですが・・・。2月24日の琉球歌人三姉妹月1ライブのゲストは、新良幸人さん。三線も唄も本物で、きゃんたち姉妹も私もいっぱい刺激を頂きました。3月3日の『埋もれ木』完成披露試写会で小栗康平監督と夏蓮が舞台挨拶。映画は、深いところで、ざわざわと揺すぶられ、「この時代を、こういう形で表現するのか」と、感心し、映画が終わったとき、ふわっと良い気持ちになって、もっと観ていたい、と思った。公開は6月末から渋谷のシネマライズです。3月8日は毎日映画コンクール脚本賞の荒井晴彦さんの受賞パーティ。懐かしい顔ぶれに、つい2次会まで参加してしまった。
 ライブドアとニッポン放送騒動で、疎かった株式だの、会社の成り立ちだの、男の沽券だのが分かってきておもしろくなった。なんておもしろがっていたら、「能力のないものに無駄なお金は払うべきでない」、と喝が飛んできそう。それにしても、光陰矢のごとし。藤井千夏の仕事で、スペースシャワーにいったら、スタッフの若いこと。忙しさにかまけて年を忘れて生きてきたら、玉手箱を開けた浦島太郎になっていた。私くらいの年の人は、取締役で残っているか、どうかってところ。一生フリーターの私には、老後はない。老いても現役の道しかない。喝が飛んで来ようが、何だろうが、おもしろがって生きていきます。
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2005年02月17日

倒れる

 久しぶりに倒れました。いつもだったら、熱を測るとか、薬を飲むとか、病院へ行くとかするのですが、今回は、そうする気力もなく、長椅子に丸まって倒れてました。ひたすら、自分の体と向き合っていたら、これが、当然のことながら、精神と向き合っちゃうんですね。今書いている映画の脚本、「ヘレンケラーを知っていますか(仮題)」の主人公の一人の引きこもりの少年の気持ちになってました。(少年?)自分が今までやってきたことの全否定から始まって、自己否定、周りから疎外されていると思い、孤独感に打ちひしがれて・・・。幸か不幸か、どうしてもやらなければならない仕事と家事があるので、全面引きこもりは出来なかったけれど、1週間ほどして、少しずつ、食べているものが美味しいと思えるようになって、死んでいた体が、じょじょに蘇ってきて。薬などを一切使わないでいると、細胞が生き返っていくのを直に感じられるようで、なかなか快感でした。
 お正月から、ずっとお見舞いに行こうと思っていて行けなかった知人を母と訪ねた。私が幼稚園の頃から家族ぐるみの、もう50年ものつきあいになる。私より2才下のTちゃんは、私と違って経済的人生設計をきちんとたて、イギリスやヨーロッパに長期滞在するなど、自由を謳歌していた。ところが、1年半前、トラックにはねられて、意識不明の重体に。何度も手術をして、昨年秋に退院。奇跡的に回復したが、痩せておぼつかない動きを見ると、胸が痛んだ。ところが、会ってびっくり、昔のままのふっくらしたTちゃんがいた。80才近い母親と二人で、「何とかやってるわよ」という。この母娘、事故の前にも一緒に暮らしていたのだが、会う度に、お互いの悪口を聞かされていた。ところが、今、何とも幸せそうな二人。「欠けてる者どうし、毎日大笑いしながら助け合って暮らしているわよ」もちろん、週に3回通って来てくれる、姉の助けもあっての日々でしょうが、その笑顔に嘘はない。人間って、弱いけど、強いんだな。さあて、明日から、また、前向きに!


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2005年02月05日

NHKのこと

登山でネパールに行っていた知人が、帰国するなり、「NHKの受信料、払わないことにしたわ」と言い出した。2月1日に起こった国王の非常事態宣言で、ホテルに軟禁状態になったときに、仲間達の話題に上がって「もう払うのやめましょう」ということになったらしい。町そのものは、日本で思っているほど混乱した様子はなかったそうだが、突然部屋のテレビから白煙が出て、停電!それでなぜNHKだったのか、よくわからないが、堅物の彼女から、しかも、ネパールで・・・。それだけ大問題になっている、ということなのだが。「でも、あなた、NHK、見ないの?」と聞くと、「見るけど」「じゃあ、払うべきじゃないの?」。
沖縄でラジオ番組を立ち上げるためにやらなければならなかったことは、スポンサー探し。民放はまずスポンサーありき。民放には受信料は払わなくてもいいけど、CMを見たり聞いたりすることで、買わなくてもいいものを買っているはず。間接的に払っているのだ。そしてスポンサーの意向は当然番組に反映する。只ほど高いものはない?私は見るからには受信料を払い続ける。だって、やっぱり、良い番組が多いもの。たとえば、「我が心の旅」とか・・・。「あっ、再放送だった」昔は、事務所の大きさとか、役者の知名度とか、関係なく、力さえあれば、使ってくれる、というのがNHKだった。でも今は・・・・。やっぱ、だめじゃん。いえ、ともかく、私は見続ける限り払い続けます。
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2005年01月30日

沖縄三昧

 1月3日に書き込み宣言をして早、1ヶ月、もう2月になってしまいます。
この間に、2度、沖縄に行ってきました。
1度目は13日から、16日まで。RBCiラジオ月〜金「藤木勇人のラジオ噺・宮里家の人々」の収録、RBCiラジオ毎週金の23時30分からの「きゃんひとみの琉球夜遊び」の収録、毎週金の18時から17時のbayFM、NAC5、FM横浜の3局とRBCiラジオの「OLEっち」の生放送に立ち会いました。
と言っても、二人ともベテラン、私は、へらへらと笑っているだけ。16日には、平良進、とみ御夫妻の芸歴60周年記念公演を国立劇場おきなわで観劇。夫婦そろって60年続けて来たことの重み、満席の観客席に向かっての平良とみさんの挨拶にジーンときました。
 2度目は、26日から29日。26日はきゃんひとみ、あの「キャンディ」の原田真二さんとマネージャーさんと一緒でした。27日はきゃんがヴォーカルを務める「琉球歌人三姉妹」の月1ライブ。今回のゲストが原田さんなのです。今回からキーボードが、ディアマンティスのアルベルト城間さんなどと演奏している安富祖貴子さん、三線、笛、太鼓が「残波大獅子太鼓」のスター、新垣千里さんが加わった新生「琉球歌人三姉妹」。
 当日、原田さんのギターと歌の素晴らしさに場内、熱狂。そして、琉球歌人三姉妹。こちらも手前味噌ですが、なかなかの出来。「いやあ、心にぐっと来たよ」原田さんの言葉が何よりの励みになりました。最後にきゃんが原田さんを迎えてのトーク。みんなが知りたい「あんな話」も出て楽しく心に響くライブとなりました。「最高だった」のお客さまの声。続けなければ・・・。
来月2月24日はパーシャクラブの新良幸人さんをお迎えします。

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2005年01月04日

2005年1月3日アニマティックデイズの始まり

考えているうちに4日となりました。ともかく、よろしくお願いします。
posted by 下島三重子 at 00:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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