2010年07月16日

天保十二年のシェイクスピア

新宿花園神社で井上ひさし作・西沢栄治演出「天保十二年のシェイクスピア」の舞台稽古を観た。花園神社はいつ観たきりだろう。唐十郎を観てからだから、10年、いやもっと前かもしれない。井上さんの晩年の作風と違って、破天荒で俗悪で、エネルギーが渦巻いて・・・。そんな
作品に花園神社はピッタリ。最近つくづく思うのは、役者の数が増えたことと、昔のように、ど下手な人がいなくなったこと。みんなある程度演じるし、歌も歌えるし。これじゃあ、役者で食べていくなんて考えない方が良い、役者は3日やるとやめられない、と言うくらい人間にとって、こんなに高度な遊びはないと、私も本当に思う、だから、それで食べていくなんて、考えない方がいい。私の回りでも、高学歴を投げ打って、芝居の世界に足を踏み入れる若者がいる。世間の価値観さえ気にしなければ、こんなに愉しく高揚する遊びはない。一生「ゲゲゲの女房」の貧乏暮らしをすることを厭わない!という覚悟があれば、どうぞ!水木しげるは業界のひとつまみに過ぎないのだから。でも、今日の舞台稽古を観ていて、たとえひとつまみに入れなくても、それはそれで良いじゃないかと、思えた。皆さん、明日から25日まで、夜7時開演の「天保十二年のシェイクスピア」お薦めです。藤木さん、「南島妄想見聞録」も続けましょうね。


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2010年07月12日

サッカー考

20年以上前のことです。シナリオハンティングのために、南アフリカのモザンビークに行ったときのこと。当時、モザンビークは南ア連邦と小競り合いが続き、人々の生活は一日に一食食べれるかどうか、と言う状況だった。町を散策していた時、地響きがするような怒号と歓声に釣られて広場に出た。人の群れの間から覗き見ると、布を紐で巻いたボールのようなものを蹴っている一団!サッカーをやっていたのだ。サッカーの世界戦を見ていて思い出した。無駄に広い中で、わざわざ手を使わないで、一つのボールに熱中する。効率を追い、デジタル化を邁進する今、サッカーというアナログなスポーツを世界中が熱狂する。人間って、本来アナログなんだ!何だか嬉しくなった。
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